咲き誇れ。

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君に、三度目の恋をした。

2016年3月25日、KAT-TUN4人での最後のパフォーマンスが、ミュージックステーションで放映された。

田口は、もうとっくに覚悟を決めたというふうに、最初から最後まで笑顔で、良い面も悪い面も含めていつもの田口そのままだった。Real Faceを歌っている時は表情が強張っているような気もしたし、上田が強く引き寄せて肩を組んだときに少しだけ表情が崩れたような気もしたけれど。でもエンディングでは泣いた上田にイラっとさせる口調で突っ込んで終わるという本当に本当に田口らしい終わり方だと思った。

中丸は堪えて堪えて無表情を装ってるように見えた。歌声も比較的通常通りに近かったと思う。でも確実にどこかおかしくて、その切なる態度は誰よりも何かを訴えてきた。

上田は泣いてた。4人最後の瞬間に田口を引き寄せて肩を組んで、3人になったら素直に泣いてくれて、泣けない田口や他の2人の代わりに、ファンの代わりに泣いてくれたような気がした。優しい涙だった。

亀は、KAT-TUNの世間的イメージである「反逆児」的不貞腐れたような表情をしこそすれ、絶対に暗い顔はしなかった。むしろ、笑ってた。何か獲物を見つけた時に狩猟本能を剥き出しにした男性がしそうな挑戦的な表情だと思った。「このナミダ・ナゲキ→のみ込んで デカイ×セカイへ」の部分の表情に、歌声に、「君となら」で無邪気に真っ直ぐに前を指差した亀に、圧倒された。

この状況で、2人のお兄ちゃんの真ん中で、前を見据えて、こんな顔をするんだって思った。

2015年11月24日のベストアーティストで始めて田口の脱退を発表したとき、亀は田口に続いた挨拶で震えながら言葉を紡いでいた。特にファンに向けた言葉を発した時に、マイクを持つ手は一際大きく震えていたように見えた。そこから4ヶ月で、いや恐らくもっと長い期間をかけてのものなんだろうけど、この選択をしたんだなって思った。かっこいいとか強いとか、通り一辺倒な言葉では称賛できなくて、ただただ「さすが亀梨和也だ」と思うしかなかった。

そしてこの瞬間に、私は彼に三度目の恋をした。

最初は、金八で初めて亀の笑顔を見たとき、二度目はすっかり人気者になって光を纏ってステージで絆を歌う亀を見たとき。そして三度目は全く予期していなかった瞬間に。

もともと私はあまり「グループ」というまとまり自体にこだわりがない、というのがここ最近改めて分かったことだ。もちろんグループであることで生まれるものがあるし、グループを背負うと個人が変わる。そういったことにはとても興味があるけれど、グループが形を変えること=裏切りとか仲が悪い、壊れるという思考がないので、それを悲観するよりむしろそのことが個人にどう還元されてくるかの方に興味津々であるとも言える。ただし、アイドルの活躍にはグループの一員であるということが大きな強みになるとは強く思っているので、脱退等を歓迎しているわけではもちろんないが。

また、私は亀梨担を2007年で辞めている。担降りをしたのではない。当時降り先はなかったから。ただ亀梨担だと名乗るのが嫌で辞めた。その引き金になったのはドリボだった。自分が行った回でのファンのマナーが悪く(ファンが演技中の亀に触ろうとした。恐らく危険な場面だったのだと思う)、最後の亀の挨拶はそのことに言及して終わった。その瞬間に「(その日の観劇だけじゃなく色々な面で)マナーの悪い亀梨担の一員であること」がとてつもなく恥ずかしくなった。静かに怒っている亀を目の前にして、その亀の怒りが亀梨担である自分にも向かっている気がして恐ろしく悲しかったのと同時に、私にとってはたった一回の、ずっと前から楽しみにしてきた観劇をそんな形で終わらせた亀に腹が立った。今思えばほとんど八つ当たりだ。

つまり何が言いたいかというと、私はKAT-TUNを10年間応援してきたなんて言う気は毛頭ないし、実際に全く追ってない時期も多い。そして(あまり大きな声では言えないが)KAT-TUNを守ろうとする3人に感謝してこれまで以上に応援しなくては!という気持ちもたぶん、そんなに、大きくはなかった。もっと言えば彼らを悲劇のヒーローにするのもおかしいし、ファンでも何でもない自分が同情から何かをするなんて気持ちは微塵も持っていなかった。

だけどこの瞬間、全く予想もしていなかった、君に、三度目の恋をした。

尊敬に似たような、でももっと何か違うような、圧倒的な感情に支配されて泣いていた。その中には敗北感みたいなものもあって、その感情に対抗するには好きだと認めるしか成す術がなかった。

何よりこの人が行く未来を見てみたいと強く思った。

これから10周年コンサートを廻り切り、充電期間に入る「KAT-TUN亀梨和也」を、追う日がまた始まりそうだ。きっと大きな航海だろう。でも、楽しみしかない。

あ、安心して下さい、担降りはしませんよ。