咲き誇れ。

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あの日の未来で。

2017年11月3日で松本幸大担当を名乗って6年になる。個人的な記念日に過ぎないのだけど、何となく感傷的な気分になって、一昨年の10月9日について書いた日記を読み返していた。"MAD"がなくなった日だ。あの日、本当に本当に苦しかった。でも今、あの日の自分に言ってあげたい。大丈夫だよ、ただ信じていれば良いんだよ、と。

約1年後、宇宙Sixというユニットが出来る。そして、そこからさらに1年後、シアタークリエでの単独公演を終え、亀梨和也のソロコンでバックダンサー、かつメンバーの江田剛が演出を見事に務めあげ、明日にはまた湾岸Liveでの単独コンサートを控えている。そんな未来が待っているのだから。

私が知っている6年の間に、幸大は4人、3人、2人のユニットに所属し、1人になり、そして、6人になった。その中で、幸大が本当はどうしたかったのか、どんなことを求めてきたのか、実はよくわかっていない。それは、幸大の目指すところがどこなのかが幸大の言葉で私たちに伝えられる機会がほとんどなかったから、かもしれない。でもそれ以上に、幸大がステージ上で、どんな時もぶれることなくアイドル然として笑顔を見せ、パフォーマンスを全うしてきたからだと思う。もしかしたら色々な葛藤が心の中にあったかもしれない時も、それが私たちに伝わってしまうような顔をしてステージに立つことはなかったから。きっとファンを心配させるような振る舞いはしない。そんな姿勢と、幸大の髪型だけが、周りの環境が様々に変わっていく6年間で、唯一変わらないことだった。(ヘアカタログで髪型があまり変わらないと言われる、という発言をしていたけれど、気にしているのだろうか?私はそれが好きなのだけど…。)

そして、先日発売した雑誌Stage Naviで、幸大の言葉が伝えられる機会があった。

「一人は本当に辛かった。グループに所属しなければ。」

辛い、なんていう言葉を幸大の口から聞くことはこれまでなかった。こうも言っている。

「(松潤)に"MAD"を残すか個人名で行くか聞かれて、「個人名で」と答えた」

長く所属したユニット名を惜しむ気持ちは、ファンでさえある。本人だってもちろんあると思う。でも、それを自ら捨てて、個人名で、と言ったところに並々ならぬ覚悟が見える。そしてそれは松本幸大という名前を少しでも多くの人に知ってもらうという点において、きっと予想以上に功を奏していた事実がある。

決して苦悩がなかったわけではないことを吐露した上で、それでも前しか見ず突き進むことしか考えていないような言葉に、対談を読んだあと誇らしくさえ思った。さすが松本幸大だと思った。

ステージ上に立つ幸大に心奪われて、パンフで名前を調べた6年と少し前。そして、タッキー&翼のコンサートに行き、どうしても目が離せず屈するかのように担当になった6年前。あの日から色んなことがあったけど、主に笑って、時に嬉しすぎて泣く日々だった。そして、今はあの時想像もしなかった未来にいる。だって、包み隠さず言ってしまえば、6年後にも幸大がステージの上にいてくれるなんてこと、想像してなかったのだから。

でも、もしかしたら本人たちは想像していたのかもしれないな。だからこそきっと、今があるのかもしれないな。

こんなに書き散らしておいて、宇宙Sixが結成してからの現場に一つも足を運んでいないとんでもないファンである。担当、と言って良いのかさえわからない。でも、それでも彼らの活躍は溢れるくらい耳に入ってくるのが今なのだ。テレビで彼らのパフォーマンスを見ることさえできてしまうのが今なのだ。すごい、すごい。すごいとしか言えないくらいすごい。

今日はただの自分の記念日でしかない。でもきっと、明日は宇宙Sixのまた新たな1ページが作られる日だと思う。私が信じる場所には、希望しかない。1年か、2年後。私が現場に足を運べるようになった時に、まだ彼らがステージの上にいてくれることを望むのなんて、ただの我が儘だと思っていた。でも、いいや。見たいんだ、彼らのパフォーマンスを。信じていよう、松本幸大という人を。まだまだ、もう少し。ずっと。君に心を動かされていたいから。